川柳大心ホームページ「言霊」より年度別に掲載します。→2018年度

 

「句材」2018年12月

 

 雑詠を作る時には、さて何を題材にして作ろうか、と悩まれると思います。無から有を生み出すのですから当然なことなのです。そこで大切なことは、身の回りには幾らでも句になる材料は有るということなのです。 
さて、常に五感を働かせていますか。目・耳・鼻・舌・皮膚を有効に活用することなのです。今、書斎の窓からは雪が舞っているのが見えます。雪で作ってみるのです。 
  裸木と心に舞って雪の精・古里が瞼に映る雪景色・などとドラマを作り上げていけばいいのです。そのためには、五感から受けた刺激をいかにして文字化するかなのです。始めは難しいのかもしれませんが、続けることによって句が生まれてくるようになるのです。
  先ず視点を研くことです。題材はどこにでもあるのです。句の種は心に降ってくるのですから。

 

 

「没句の活用」2018年11月

 

  月に20句作ったとしても、年間では240句の作品が生まれます。さてその作品のどれだけが柳誌に掲載されるのでしょうか。恐らくは入選率を30%としても、160句以上は没句となってしまいます。さて、その没句は生かされているのでしょうか。 
没句をそのまま眠らせてしまわないで、活用を図るべきではないでしょうか。折角の我が子ですから、推敲をしてみるべきなのだと思います。そして、別の入選するかもしれませんし、また没句になるかもしれません。でも機会にその句を提出してみるのです。 
  添削をしたことによって、自己の作句力は向上しているのです。 
  添削をし、自選力を蓄えることによって、語彙が豊富となり、文字の組み立て方が上達していくのです。没句はどんなに柳歴を積んだ人でも生み出していますので、活用することの楽しさを学ぶことが大切なのです。1句を見捨てずに、命を吹き込む努力をすることを勧めたいと思います。 

 

 

「テーマ」2018年10月

 

 川柳で何をテーマにして詠い続けるのか、悩ましい課題となります。題詠吟の場合は与えられた題を基にして作句すればいいのですが、雑詠吟となるとそうはいきませんので、頭を悩ませてしまいます。無から有を生み出さなければなりませんので大変です。 
 僕は若い時から風土川柳を作ってきましたので、雑詠を作る時でも風土を意識しています。日常の中では自然と人間の営みを通して生かされていますので、その日常を題材として詠っています。 
  人間に固執するのではなく、万物を反映させた視点で一句を生み出すべきだと考えています。 

 

 

「句の若さ」2018年9月

 

 年齢とともに句に若さがなくなってしまいます。経験や体験を基にして人生を詠うのが川柳ならば、仕方のないことかも知れません。でも、若さを踏まえての老いがある訳ですから、幾つになったとしても、若さを詠うことは可能なのです。 
 実感句を作るとなると、今の年齢を意識せざるを得ないのですが、実像と虚像がありますので、大いに虚像を詠うことも必要なのです。

    過去の実像を虚像として表現することも、句に若さを吹き込む素材となりますので、試して欲しいと思います。 
  老いを見詰めることも大切なのですが、折角ですから若さを詠うことによって気持ちに張りを持たせて欲しいのです。 
  特に女性は化粧をして装い年齢を忘れるのですから、気持ちの若さを詠って欲しいのです。

    一句で若返って欲しいのです。 
  青春時代に還って、心を若返らせて、恋の句でも作ってみましょう。 
  心に彩りを持たせて、楽しく歩みましょう 

 


「披講と呼名」2018年8月


 句会や大会などでは、耳で聞く川柳となるので、選者としては披講の巧拙が試される。と同時に、参加者の呼名もまた試される。 
 披講と呼名には阿吽の間が大切で、その間がずれてしまうと選者としては納得のいかない披講となってしまう。選者の心得としては

   ①マイクを上手に使う。②句ははっきり読み上げる。③抑揚と句の間を大切にする。④下五は特に尻切れとんぼにならないように発音する。⑤単に5・7・5で読むのではなく、その句の味を生かした間で披講すること。
  選者がこれだけのことを考えて披講するのであるから、作者も呼名に配慮しなければならない。①披講が終了した時に、直ぐに呼名をすること。②大きな声ですること。③披講との微妙な間を計ること。④ずれると選者が次の披講をしずらくなる。 
  披講と呼名は一体感が求められるので、疎かにしてはいけない。 舞台と観客との臨場感のある空間であるのだから。 
 川柳は人間を詠うもの、との固定観念を持ち過ぎてしまいますと、17音の世界では発想の広がりが限定されてしまいます。風土と生きる人間、社会と生きる人間、その二つの人間に視点を当てたならテーマは広がりを与えてくれます。

    そして現在(いま)を切り取っていく川柳眼を研くことだと思っています 

 

 

「自分の句」2018年7月

 

 全国ではⅠ日に何千何・万という作品が生み出されています。ですから類想句や類似句が生まれます。そしてまったく同じ句が生まれることもあります。僅か17音の作品ですから、仕方のないことかもしれません。 
 自分の句とは、自分の想いを表現することであって、他人の句を真似ることではありません。所が、初心の時には模倣が大切ですと教えられます。確かに他人の句を参考にすることも大切ですが、そっくり真似てしまったならば盗作になってしまいます。真似ながらも、自分の言葉を探して句を作らなければなりません。 
 そのために辞書で調べたり、他人の作品を読みながら語彙を広げることが重要となります。人間の発想や着想なんて限られていますので、いかにして言葉を上手に組み立てられるかなのです。 
 言葉をストックして、有効に活用することを学ぶ必要があるのです。少しずつでも、自分の句は生まれてきますので。 

 

 

「ひらがな」2018年6月

 

 一句を作る時に、漢字を主体にして作っているのを感じていませんか。どうしても漢字の意味性に溺れているように思いませんか。 
 子供たちの句の発想は、ひらがなで生まれています。漢字を多くは知らないからだと思います。だから柔らかな発想が生まれて、優しい作品が生まれるのではないでしょうか。そして大人の心を打ち、ひらがなで表現することの大切さを教えてくれるのです。 
  頭の中での発想はひらがなで描いています。ところが作品にる時には、漢字に置き換えてしまうのです。頭の良さを誇示するかのように。ひらがなでは物足りなく感じてしまうのです。だからかのように。ひらがなでは物足りなく感じてしまうのです。だから固い表現となってしまうのです。 
 色紙に書く時には漢字をひらがなにして、バランスをとることが大切です。活字で読ませるのとは違った意味で、一枚の絵とすることが求められます。ひらがなの配置によって、一句に広がりが生まれます。その意識を大切にして作品を生み出したいものです。 

 

 

「言葉の選択」2018年5月

 

 一句を生み出す時には、言葉を選択することで悩んでしまいます。想いを言葉で表わさなければなりませんので、的確な漢字やひらがなやローマ字を選ぶ必要があります。初心の内は特に悩んでしまいます。 
 575音に纏めようとしますと、語彙の豊富さが求められます。最初は自分が持っている言葉を組み合わせることで精一杯ですが、段々に語彙も豊富になってきますので余り悩む必要はありません。そのために、人の作品を読み、作り続けることが大切なのです。 
 今までは辞典なんてほとんど見なかったでしょうが、川柳を始めたことによって、辞典を友達にしなければなりません。作句のときには、必ず辞典を手元に置き、調べることです。反対語辞典も参考になりますので、買って欲しいと思います。 
 まずは日本語と親しくなることです。 

 

 

「観察」2018年4月

 

 創作活動に携わる者としては、常に観察眼を養う必要があります。川柳作品を生み出すに当たっても、何に焦点を絞って詠うのかが第一となります。次に言葉を選択して如何に組み立てるのかが大切で、作品の質に結びついていきます。 
 作品は手から離れますと一人歩きをして、読者や選者の批評眼に委ねられます。そのために、事前に推敲をすることが重要なのです。どのように推敲するのかは、初心のうちは難しいとは思いますが、経験を積むことによって自然に備わってくるものです。 
 何事も積み重ねが大切で、多読・多作・多捨によって句は研かれていきますので、確実に上手くなっているのだ、と思って階段を上ることが大切です。

 作品に自信を持つ、評価を恐れない、続ける、が三原則なのですから。

 

 

「柔らかさ」2018年3月

 

  年齢と共に頭が硬くなっていく。仕方のないことかも知れないのだが、柔らかな発想は失いたくないと思っている。特に川柳を生み出すためには、柔軟な思考力が求められる。 
 たかが17音の世界なのだが、その奥の深さは尋常ではない。日本語を駆使しての組合せの妙味なのだが、簡単にはいかない。大人は漢字を知り過ぎているので、その意味性に左右されやすい。子供たちはひらがなの世界なので、余り意味性にとらわれることが少ない。だから豊かで自然な発想が生れる。 
 大人たちも考え方を改めて、ひらがなで句を作ってみよう。そして、一部を漢字に置き換えるのである。文字で絵を描くように、柔らかな心になって羽ばたいてみよう。頭を童心にして、ひらがなで遊んでみよう 
 自分の心を詠うのであるから、一句を大切にして、想いをふくらませてほしい。 
 自信を持って

 

 

「自分の句」2018年2月

 

 題詠の場合は課題を基にして作句すればいいのだが、雑詠の場合はそうはいかない。 自分で何を詠うかを決めなければならないので、頭を悩ませるのである。 
 さて雑詠で一句を作った時に、その句から連想をふくらませたことがあるだろうか。 
 例えば五句作らなければならない時に、最初に作った一句から想をふくらませて二句目を作り、その句から三句目を作るのである。 始めはなかなか出来ないのだが、続けることによって可能となってくる。 
 それが自分の句を作る基となってくるので、騙されたと思って実行してほしい。 三十分でもいいから、この習慣を身につけてほしい。連想吟を習得することによって、確実に雑詠吟は作りやすくなってくる。 
 自分の心を詠うのであるから、一句を大切にして、想いをふくらませてほしい。自信を持って。

 

  

「多捨」2018年1月

 

 川柳の上達のためには、「多読」「多作」「多捨」が必要だと言われている。この中で「多捨」は簡単なようで難しい。捨てるためには「多作」をしなければならない。初心時代に「多作」は至難なので、いかに作った句を無駄にしないかである。没になった句を再活用するかである。 
 せっかく苦労して作った句を、没のままに眠らせてしまわないことである。 必ず見直しをしてみることが大切で、次なる機会に備えて置くのである。 
 それが推敲なのである。1題に2句ならば、3~4句を作り、自選をして残りは捨てるのである。 
 この捨てられた句に日の目を当ててやることが大切で、上達の早道となるのであるから、疎かにしてはいけない。 
 1年間で作句した内で、入選するのは約3割しかないので、7割の句を生かすことが重要となる。