「札幌文庫より」№2

 

  これまでに11名の物故者の17作品を選び掲載した。(№1)

  現有作家の作品は、との反響に応えて、文庫より11名を選出してみた。

  57冊目の発行が平成10年であるから、既に25年が経過している。

  今の作者と作品の相違を楽しみながら、歴史の重さを実感して頂きたいと思う。

                           (編集:岡崎 守)

 

 

 

 ①櫟田礼文氏(昭和23年7月13日礼文町生まれ。)

   昭和42年川柳を始める。昭和58年同人。平成2年度あかしや賞受賞。

   ≪十七選句集≫句集 紙ふうせんより (文庫第6集・昭和60325日発行)

   突きあげる手にそむかない紙風船

   追い越せる歩幅で夫の歩を拾い

   てのひらに書く指文字の淋しがり

   回想の愛へ一途な火吹き竹

   血の濃さを問えば寡黙になる造花

   はは恋いのまぶたの裏の雪すだれ

   母の背がちぢむ私の罪かぞえ

   冬の海ばかりで父の舟が舞う

   父の描く画布に野心が埋めてある

   幸福を数えて余る指の飢え

   昆布拾う北の女の北の詩

   海明けへ漁夫饒舌な酒を酌む

   望郷の手で飛ばされる竹とんぼ

   悲しみの涙で埋まる冬の河

   ピエロから生きねばならぬ知恵を借り

   手職身につけて男がもの足らず                                 1

   刺すことは止め小刀でりんごむく

 

 ②遠藤泰江氏(昭和9年8月30日足寄生まれ。)            

   昭和52年7月札幌川柳社会員。 昭和55年るるもっぺ賞受賞。昭和57年同人。

   ≪十七選句集≫句集 花筏より (文庫第8集・昭和6071日発行)

   いくさ傷やさしく流す花筏

   一匹の鬼捨てに行く花祭り

   遠い日の景色ひといろ父となる

   悲喜を縫う母の晴着の返し針

   さりげなく輪廻の髪を梳く夜寒

   針千本一本ずつを旅に出す

   朽ち橋を二人で渡る熱い音

   禁断の想いを囲む冬の指

   老斑の掌からこぼれる火のしずく

   血を干して胸の狂いを流す秋

   どの絵にも安楽椅子をひとつ描く

   寒い駅ばかり降りれぬ縄電車

   詫び足りぬままで柩に釘を打つ

   素顔さらして自叙伝を書き終わる

   酸欠の乳房本音の風乾く

   流氷を溶かして夫婦の幹熟れる

   枯れ野行く握り返すと温い掌と

 

   ③加藤かずこ氏(昭和7年11月11日札幌市生まれ。)            

   昭和54年三越レディスクラブ川柳教室入会。昭和55年札幌川柳社会員。

   昭和57年度幌都賞受賞。昭和60年同人。平成13年度功労賞受賞。

   ≪十七選句集≫句集 絵皿より (文庫第15集・昭和62120日発行)

   黄昏を知らせる女の絵の具皿

   ビー玉の目玉に私は棲めませぬ

   契りからキリンの首に月のぼる

   底なしの沼ではぐれた蛍追う

   箸枕男とおんなの嘘を乗せ

   怨念のバラへのんのん赤い雪

   燃える爪切れば女へ冬が来る

   冬の虹わたる人形の長い髪

   顔のない男ばかりの終電車

   父の絵を晒す原野の白い闇

   炎えた夜もあったよ母のつげの櫛

   愛された記憶をたどる返し針

   切りさいた影を繋いで女坂

   ダイヤルを回して罪の夢を買う

   裏切りの影をかくした三面鏡

   やわらかい舌へ溺れたかたつむり

   遠い人訪ねて歩く風の街

                                                         

 ④田中しげ子氏(昭和8年4月12日廣尾生まれ。)           

   昭和52年4月札幌川柳社会員。昭和59年同人。平成17年度功労賞受賞。

   ≪17選句集≫句集 紅の栞より (文庫第17集・昭和62425日発行)

   花おぼろ風がやさしく髪を梳く

   蒼天に愛たしかめて鬼あざみ

   夕なぎや薔薇一輪にある殺意

   傷ついたトンボに遠い祭り笛

   初雪を恋の焔が消す情話

   涙腺のゆるみ人間らしく老い

   失ったものははたちの空なのか

   マネキンの裏切りを知る試着室

   ありふれた夫婦素焼の鉢を愛で

   父の血が流れて花の祭り好き

   母の繭軽く握って夕暮れる

   ためらいの海にしずんだ白牡丹

   悔いひとつ絡まる足の女坂

   豪雪に押しつぶされた自己主張

   崩れない城がある網膜の裏

   残照のおんなの栞うずもれる

   愛のある火矢なら受けて死にましょう

 

 ⑤熊谷美智子氏(昭和13年3月31日深川市生まれ。)     

   昭和54年三越レディスクラブ川柳教室入会。昭和55年札幌川柳社会員。

   昭和61年度ぽぷら賞受賞。昭和62年同人。平成10年度功労賞受賞。

   ≪17選句集≫句集 伸びる髪より (文庫第21集・昭和63315日発行)

   疑問符を増やしおんなに長い夜

   昔へかえって見ませんか 飽食                                 

   背をむけて愛の切り絵を闇に吊る

   カラー鉛筆削りロマンの風を抱く

   ストレスの数とドレスの数があう

   振り出しに戻りあなたの応援歌

   おばさんと言われ買わずに店をでる

   錯覚のままにたたんでいる日傘

   他意はないというプレゼントがこわい

   反論はあしたとにかくパンを焼く

   鍋二つ三つみがいて止む鼓動

   髪切ってきれぬ炎よ冬鏡

   桃ひらく寒い耳より蝶生まれ

   返信の敬語ならべて以来冬

   美しき誤解ひたすら編む毛糸

   幻想のメロディーを盛る欠け茶わん

   楊貴妃もわたしも伸びる髪がある

 

 ⑥高橋 蘭氏(昭和9年9月12日深川市生まれ。)

   昭和56年札幌川柳社会員。昭和57年度幌都賞受賞。昭和60年度ぽぷら受賞。

   平成3年度あかしや賞受賞。

   ≪十七選句集≫句集 夢のあとさきより(文庫第23集・昭和63年8月15日発行)

   ドンキホーテの鎧は父も持っている

   野分けくる母の代弁者の如く

   薄い背中をおんぶおばけが借りにくる                           

   納豆の糸の煩わしいことも

   お笑いくださいめろめろと娘に尽くす

   壁の染みねこ語いぬ語がひろがりぬ

   血がでるか否か大根きってみる

   無期刑のみそ汁ならばまろやかに

   箸二膳くさりのかたち杖のかたち

   奥の手があって男に血を見せる

   にびいろのやりとりえいえいとめおと

   死化粧の順を肴にして老いる

   眼底出血ぼろ雑巾になり果てる

   同人誌生きております死んでおります

   手に負える内は白髪を抜くだろう

   雪を掻くゆきの母体のあるがまま

   鱗いちまいなりとおおさめくだされば

 

 ⑦斎藤はる香氏(昭和13年10月5日苫前町生まれ。)

   昭和56年小樽川柳社入会。昭和57年札幌川柳社入会。

   昭和58年清水冬眠子賞受賞。昭和60年小樽川柳社同人。

   昭和63年札幌川柳社同人。

   ≪十七選句集≫句集河のほとりより(文庫27集・昭和63年12月10日発行)

   ちちははよ北の運河の灯は見たか

   秋ふたり運河のかげり見ています

   啄木の海もわたしも涸れている

   ガス燈に秋を灯しておんなの忌

   黒髪や時計を止めて甘えよう                                  

   花の芯かめば絆の生ぐささ

   雪の日は温いはなしの糸電話

   捨てたはずの傘と一緒に歩いてる

   遠景は雪どの子もいとし母の屋根

   長女婚約 三面鏡の花ひらく

   二人三脚 紐はゆるめの方がいい

   花壺の水が渇いて逢いたいな

   人ひとり愛して冬のブランコよ

   ひとときの愛の歩幅をたしかめる

   落ち葉どっと花屋に溜まる笑い皺

   終止符を打たねば狂う鬼ごっこ

   キャベツ畠にもう帰らない姉の蝶

 

 ⑧坂田洋子氏(昭和6年7月12日小樽市生まれ。)

   昭和58年三越レディスクラブ川柳教室入会。昭和59年札幌川柳社会員。

   平成元年同人。平成16年度功労賞受賞。

   ≪十七選句集≫句集 あした天気になあれより(文庫33集・平成2年3月10日発行)

   ばらの樹と同じ息する獣たち

   渺渺と髪いつまでも風の中

   よく弾むマリは虚構の物語

   雪はなないろ死装束を染めに出す

   火の町を通り抜けてく女傘

   もつれ髪洗うあした天気になあれ

   時計を壊しても白い闇は来る

   ポケットにハイネの詩集擦り切れて

   おこげの匂いみんな居た日の童話

   夕焼が削られてゆくビルの街

   けんけんぱ飛んで行ったままの小石

   戸籍簿に妻とあるのを思い出す

   胸のふくらみつるりと逃げる手毬

   夫婦坂柩を降ろす街がくる

   追憶の死海に眠る冬日記

   野いちごの涙が溶ける大都会

   朱い花まだ抱いている通過駅

 

 ⑨平向玲子氏(昭和14年1月26日函館市生まれ。)

   昭和51年道新時事川柳投句。昭和63年同人。

   平成元年三越レディスクラブ川柳教室入会。平成21年度功労賞受賞。

   ≪十七選句集≫句集 にりん草より (文庫38集・平成3年8月1日発行)

   想い出の景色彩るにりん草

   ペアグラス磨き絆の旅終る

   追伸に愛の音符を刻み込む

   度胸きめ旅立つ朝の花吹雪

   湯上りのほてり沈める雪のんの

   髪切ってしがらみ切って恋終る

   なめらかな舌の魔性に落ちてみる

   衰えを隠すルージュを雪に聞き

   哀しさを少し持ってる父の愛

   よそ者は拒否しんしんと雪の町

   カラフルな人生でしょうか根なし草

   夢ひとつ畳んで女冬ごもり

   ふつふつと人が恋しいおでん鍋

   きみと僕紙一枚の絆です

   あの夢は背伸びでしたね 銀婚譜

   粉セッケン匂わす妻の平和論

   フルムーン夫婦の彩を塗り替える

 

 ⑩春口倭文子氏(昭和8年8月6日福岡県田川市生まれ。)

   昭和57年岩見沢柳の芽川柳会入会。昭和58年札幌川柳会入会。

   平成元年同人。

   ≪十七選句集≫句集 蕗の花より(文庫44集・平成4年9月1日発行)

   この彩に染められました ふきの花

   トンネルを抜けると逢える夢芝居

   冬の筆ポトリと吐いた私小説

   黒髪を梳けばセピアの罪ポトリ

   春雷に風を産もうか子を産もか

   転生やさくらの下で手をつなぐ

   繩が細くてわたしの逸話がしばれない

   秋の皿多情多恨の実がふたつ

   そして夫婦ときに火の術水の術

   やがて秋人のかたちで添う二人

   和音こわして春の膳から舟が出る

   水溜まりひょいと渡って子が行った

   芽吹く日の出囃子を書くさくらの樹

   原風景熟しきれない一行詩

   冬が来て愛の神話が深くなる 

   金太郎飴の父のセリフが落ちている

   嗚咽が聞こえるあれは二月の母の帯

 

 ⑪浪越靖政氏(昭和181218日札幌市に生まれる。)

   昭和48年道新時事川柳投句。昭和50年札幌川柳社入会。昭和51年度幌都賞受賞。

   昭和56年同人。平成9年度あかしや賞受賞。

   ≪十七選句集≫句集 ひと粒の泡より(文庫第52集・平成7年5月31日発行)

   首おちぬようにネクタイきつく締め

   中流の意識を抱いた痩せガエル

   振り向けば首のない影である

   ラーメンライス届く企業戦士の墓

   ストライクゾーンに蟻が落ちてくる

   やっぱり夢だった たてがみが消えている

   名刺サイズに男ひとりが収められ

   ストレス満載 通勤者の軋み

   ガッツポーズしたまま地獄へ堕ちていく

   午前二時のスナック少年Aに戻る

   ひとり飲んでるアウトローの貌で

   飲んで歌ってヒーローになろう

   吊橋が揺れる父と子の谷間

   マイホーム玄関入ると父の剥製

   ここでCM夫婦喧嘩は休み

   完璧なコピーを僕の身代わりに

   ひとり暮らしの鍵穴が凍ったまま

 

 ⑫岡崎 守氏(昭和16年9月2日三笠市幾春別生まれ。)

   昭和46年札幌川柳社入会。昭和50年功労賞受賞。室蘭文芸奨励賞受賞。

   昭和63年「川柳さっぽろ編集長」。平成15年札幌川柳社副主幹。

   ≪十七選句集≫句集 人間の風より (文庫第57集・平成10年4月29日発行。

   一年が終わる拍手のない父で

   辞令いちまい人間の森をゆく

   冬の蠅ひとり芝居にあきました

   棺うつ母の重さよ千の華

   朝日さんさん書斎に積もるローン

   子等の血を想う老いてゆく残像

   階段を老眼鏡とネクタイと

   白紙に人間と書く死のゆくえ

   踊り疲れて桜吹雪のこけし

   ラーメンをすする過労死予備軍

   死んではいませんかモーニングコール

   人情をあたためてます霧の街

   難民が死ぬ八月の缶ビール

   手のひらの落ち葉ちちははのいのち

   つくしんぼ古里なんてあるやなし

   石ころになって人間を見ている

   一枚のページ人間の風とゆく